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日当たりのよい南向きの大きな窓ガラス

2020年3月23日「月曜日」更新の日記

2020-03-23の日記のIMAGE
子ども部屋のとなりは、お父さんお母さんの寝室です。ですから、勉強が終わって家族団らんのときを過ごし、布団を敷いてBくんと妹が寝る前に、お父さんかお母さんがもう一度、様子を見に来ます。そして「おやすみ」のひとこと。Bくんは、こう一声かけてもらったあと、布団をくるっとかぶって眠るのがとても好きです。実はBくん宅の子ども部屋(いや、元・子ども部屋ですね)には、とても日当たりのよい南向きの大きな窓ガラスがあります。周囲に高い建物がないことも幸いして、都心にいながらにして、青空を独り占めできるのです。中学受験の直前、土日や休日になると朝からこの部屋で勉強をするようになったBくんですが、鉛筆を走らせるのにちょっと疲れると、目の前の窓の外を眺めるのがすっかり癖になってしまいました。青空を子犬のようなちぎれ雲が次々と飛んでいく。びっくりするくらい大きな鳥たぶんカワウでしょうーーが二羽、空を横切り、どこかを目指して飛んでいく。隣の公園で子どもたちの遊ぶ声がかすかに聞こえる。ぼんやりと外を見て、耳を開放して、それだけで、神経のたかぶりは収まり、すっきり気分転換ができます。かくして、本来なら使いづらいはずの3階の子ども部屋は、お父さんとお母さんがちゃぶ台やらテレビやらを持ち込むことで、ターミナルステーションのように家族が停車し通過する、そんな家族団らんの場に変身したのです。そして、このステーションの主であるBくんはさしずめ「駅長さん」といったところでしょうか。子ども部屋をリビングに仕立てて、家族団らんの中心とした結果、おうちの中にいいリズムが生まれました。あえて表現するならば、Bくんのおうちは、まるで毎日家族旅行をしているかのような、高揚感に包まれるようになったのです。窓の外の景色を眺めながら、今日、一日の過ぎ去った時間を話し会う家族、明日はどんな風景が現れるのでしょうか?なんだかとっても楽しみです。そして、このご家族の旅の終着駅は、Bくんの志望校・超難関の開成中学合格というすばらしい結果だったのです。 「お風呂に入れてみたらどうだろう?」そう思って浴槽に浮かべてみたら、お風呂から出たあとも、体がずっとぽかぽかしてきた。それ以来、ときどきアロエ風呂を楽しんでいる。次に、プランターと土を買ってきて、ニラの種をまいた。ニラはとても生命力が強く、害虫で枯れることもないと聞いたからだ。しかも、収穫してもまた根からニラが生えてくるというすぐれもの。このニラのおかげで、食費がとても助かることになった。「何か買ってきたニラと違う」自分で育てたニラの味は、スーパーで買うものと違う気がする。ニラに気をよくして、いろいろな種を買ってきて植えてみた。なすやきゅうり、ピーマン、トマトはあまり実なりがよくなかったが、プチトマトは鈴なりにできた。プランターでもよくできたものは、シシトウや青じそ、オクラ、ニンジン、小松菜、モロヘイヤ。ただし、青じそや小松菜などの葉物は、いったん虫が付くと手が付けられないくらい高速でやられてしまうので、注意しなければいけない。-ハーブも植えてみた。スイートバジルやタイム、オレガノ、レモンバームなどが元気に育っている。これらも、味や香りで楽しませてくれる料理の名脇役である。とくに生のハーブは、なかなか手に入りにくいし、値段も高めだから、自分で育てると何かと便利である。ハーブは増えるので、育てている人から株を分けてもらうという手もある。暖かい日差しに包まれて野菜に水をあげたりしていると、しみじみうれしい気持ちが湧いてくる。「ホント、こんなふうに、暮らしを楽しめるっていうのも、やっぱり、このお気に入りのマンションがあるからなんだよなあ」新しいマンションに越してから、毎日の暮らしが気持ちよかった。 節約をはじめてから、3年と4カ月が経とうとしていた。「いくらくらいになっているかなあ?」いくつかに散らばっていた貯金の総額を計算してみた。まず、プラチナ積み立てが日万円、純金積み立て9万円、住宅財形8万円、一般財形。万円、「つみたてくん」が101万4850円、銀行の定期8万円、普通預金2万2000円、そして、簡易保険100万円だった。簡易保険は、カラオケ屋を辞めたときに返ってきた持ち株会のお金を使って一時払いしたものだ。合計してみると、ついに400万円の大台に乗ることができた!このとき、わたしは5歳になっていた。「ついに400万円か......。人間、やればできるもんだ。そして、変われば変わるもんだなあ」じわじわと湧く喜びとともに、あまりにも早いスピードに、自分でも正直驚いていた。それに、たいへんだったとか苦労したという気持ちはあまりなかった。「ちょっと工夫をして、お金の使い方を変えるだけで、こんなにもお金は貯まるのか」と気づいたら、楽しかった。ただ、それと同時に、「なぜもっと早くお金を貯めはじめなかったんだろう?」と後悔の気持ちも起こってくる。でも、3年ちょっとでここまで来れたんだから上出来だ。「この調子でいけばひょっとしたら、ひょっとするかも......あこがれのマイホームが、だんだん現実味を帯びてくる。しかし、ここで気を緩ませてはいけない。あくまでも目標は1000万円なのだ。そこで、コンビニの店長になって、給料が15万円に増えたこともあり、さらに毎月の貯金額を増やすことにした。毎月の給料3万円の中から、生活費を1万円確保して、あとはプラチナ積み立てに3万円、純金積み立てに1万円、住宅財形に5万円、銀行の積み立て定期に5万円の、計4万円を強制的に積み立てにする。そして、そのおかげで、貯金額は順調に増えていった。ここまでくると、自分でもアッパレである。生活費1万円の生活といっても、苦しいというわけではない。普通に暮らすのに十分な金額で、むしろ、節約をはじめる前の無駄遣いをしていたころより、暮らしに余裕があるような気さえしていた。 「家賃はいくらくらいかな?」お金はないものの、不動産屋を見かけると、貼り紙を見るようになった。やはりマンションとなると、月7、8万円はかかる。今のアパートの家賃5万円でもいっぱいいっぱいの生活をしているというのに、家賃がそれより2、3万円も高くなってしまっては、生活が成り立たない。「あきらめるしかないのかなあ」とうなだれ、自転車を走らせて帰るしかなかった。ところで、賃貸物件というのは、ある意味、投機的部分が働いている。そのため、住む人のことをあまり考えていない。よい部屋を作れば、それだけコストがかかるからだ。だから、壁や床が薄かったり、設備も安っぽかったりする。入れ替わりがある分、当然、壁紙などは安いので十分というわけだ。賃貸物件を借りるときは、分譲タイプの賃貸物件を探すといいと聞いたことがある。分譲用に建てられて、それを投機目的で買った人が貸している物件だ。質はいいし、値段も周囲の物件に合わせられているから、それほど高くはない。ただ、物件数が少ないので、かなり探さなければならなくなってくる。ついでに分譲マンションの貼り紙も見てみると、本当に安くなっていることがわかる。3LDKのマンションが2~3000万円台で買える。10年前は、同じような物件が8000万円だったそうだ。「分譲物件の値段は下がっているのに、賃貸物件の値段があまり下がらないのはどうしてかなあ」そう不思議に思ったことがある。どうやら、賃貸物件のほとんどがバブル期に建てられたもので、価格を下げたくても下げられないらしい。新築の分譲物件が増えている今、中古の物件を売るのはたいへんだ。それこそバブル期にマンションや一戸建てを買った人は、今売るにしても、買った金額の3分の1程度になればいいほうだと思う。それは、新築物件の値段が基準になるからだ。新築物件は安くしないと売れないから、値段はぐんと下がっている。それで、中古物件が気の遠くなるほど安くなってしまうわけだ。場合によっては、売っても住宅ローンだけが残る可能性も高い。現実に売るに売れなかったり、住宅ローンで困っている人は少なくないはずだ。「本当に値段が下がっているんだなあ」不動産屋をチェックする日が続いてくると、アパートを出たいと思う気持ちにプラスして、どうせなら買ってしまってもいいんじゃないかという気持ちも出てきた。今は若い女性でもマンションが買えるような時代。10年前にはまず考えられなかったことだ。しかも、家賃より安くて広い物件が手に入るようになった。そう考えると、不満だらけのアパートで家賃を払うことが、余計にバカらしくなってくる。中古物件でも新築物件でも、値段が大幅に下がり、頭金さえ用意できれば、家賃なみの支払い額で、自分の家を持つことができるのだ。「もしかしたら、買うチャンスなのかもしれないな」貯金もないのに図々しい話だが、頭の中はどんどん飛躍していった。 山縣さん一家は名古屋の昭和区御器所にある「シニアハウス紅梅」に三世代が仲よく生活している。山縣さんたちが入居しているところは総戸数七戸というこぢんまりとしたシニアハウスだ。先に紹介した山本忍さんや近山恵子さんが入居している生活科学研究所の一連のシニアハウスのひとつで、実験版ともいえる。ここに建築される以前から、七戸の入居者は定期的に集まって相談しながら、シニアハウスの構造、設計、住まい方、そこでの生き方などを十分に話しあってきたので、七戸の関係は非常にうまくいっている。いま八三歳の山縣仁夫さんは一〇年前に妻をガンで亡くしてから三年間、ひとりでマンションに暮らしていた。が、当時四一歳だった長男の裕文さんと妻の忍さんはひとり暮らしの仁夫さんが気がかりで落ち着かない日が続いた。「そんな不安をかかえていつまでもいるよりも、父仁夫さんのマンションと、裕文さん夫婦のマンションを処分して、この自立型のシニアハウスに、二世代が住むことを決意した。裕文さん夫妻が気にいったのは、コーポラティブ方式をとっているので、互いに生活設計などを建築士と話して、住まい方に応じた間取りの相談や注文を受けいれられることだった。とくに、父親仁夫さんにとって心強かったのは、一階に診療所が設置されたことだった。一般に、シニアハウスには人生の終着駅の集団というイメージがあり、若々しさがないと思っていたけれど、若い家族も、子供のいる家族も住む共同体という雰囲気が、山縣さん親子の心をとらえた。しかも、名古屋の中心地に出るのに二十数分ほどであり、音楽好きでコンサートに行方くのが大好きな仁夫さんにとっては好ましい立地だった。裕文さんも通勤時間は三〇分で、交通の便から見ても、環境の面から見ても申し分がない。 息子二人に、家を売ってマンションに住む計画を話したところ、二人とも「おやじさん、自分のことを中心に考え、好きなように、自由にしてください」とやさしく同意してくれた。たまたま住みなれた地域のマンションが売りに出された。駅から二分という立地条件も気にいり、そこを第二の住まいとして買い替える決心をした。最寄り駅も同じ、商店街にもなじみがあり、街並みの風景もわが家の庭みたいに見なれ、親しい隣人とも変わらずつきあえるとあって、有馬さんの決断は早かった。家はマンションの購入額より高く売れたが、有馬さんは一部を息子さんたちに負担させた。長男と二人の名義にして、親子で責任を分かちあう形にし、連帯感をもとうとした。とかく男の子は親離れがよく、あっさりしているから、どこかで絆をつくっておくことも大切だと、有馬さんはこの方法を選んだ。その代わり、息子もローンの返済が苦しいだろうから、助け舟を出すあたたかい思いやりが有馬さんにはある。購入したマンションは、間取りを大きく変更した。和室二間と居間とに間仕切りされていたのを全部洋間に改造したのだ。いままで住んでいた家も日本間はなく、住みなれた洋間のほうが暮らしやすいからだ。息子と住むことは念頭になく、自分が快適に過ごせるように、八割を自分中心に考えた。残りの二割で、息子が泊まりにきたときや、客が泊まってもいいようにと、一室をつくった。また有馬さんは妻思い。家具は妻との思い出があり、人生の足跡が刻まれ、家族の記録であるからと、新しいマンションにすべて移した。街も、商店も、家具も、みんな慣れ親しんだものだから、それを大切にしたいというのが有馬さんの生き方、考え方である。ともかく、有馬さんにとっては自分の人生を自分に合ったように、自己管理するひとり立ちの生活を歩みはじめたわけだ。 ●ヒント8安全
――毎日を安心して暮らすために住まいは基本的には、Q安全性、の機能性、『健康性、の使用性、O便利性、◎快適性、清潔性、8快楽性の八つの条件が、最低、備わっていなければならない。使うエネルギー(電気やガス、石油、プロパンガスなど)も安全性に大きくかかわってくる。なにがいいかは地域によっても、好みによっても違い、一概にはいえないが、五〇代からは使いなれたもので、使いやすいこと、複雑でないこと、扱いやすいことを考慮に入れ、一〇年先、二〇年先を見越した対策をしておくことが大切だと思う。つまり五〇代から使いならしていくことが大事なポイントである。使いなれたものが、使いやすいし、安全であるからだ。高齢者には石油を扱うのは危険だ、だから電気やガス暖房機がいいと一概にはいえない。また、調理のエネルギーは電気の方が安全だとも決めつけるわけにはいかない。長年使いなれたエネルギーがいちばん安全で、安心して使えるからだ。それから、いちばん長くいる居間などには空調換気扇(排気と吸気の間で熱交換をするので、冷暖房中の換気による熱ロスを低減する)を設置しておいたほうがよい。ましゅうじんた、空気清浄機は集塵式にしておけば小さな埃もいやな臭いも消し、空気を浄化するので一考したほうがいい。このように五〇代からは、機能性や安全性に加えて快適性も重視したいものだ。

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