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家族団らんの場所のきっかけ

2020年3月21日「土曜日」更新の日記

2020-03-21の日記のIMAGE
きっかけは、Bくんのお勉強ぶりをお母さんがちょこちょこ覗きに来たことでした。中学受験を控えたBくん、毎日ちゃんと机にむかって勉強をしているかな?夕食の片付けが終わると、お母さんは、一足先に3階にあがったBくんの様子を見にいきます。お母さんは妹の机の椅子に腰掛け、「どれどれ、いま、なんの宿題、やってるの?」とBくんの勉強ぶりをチェックします。すると、うしろから妹の声。「お母さん、どいてよ。私の席だよっ」おやおや、妹からクレームが入ってしまいました。うーん、どうしよう。Bの勉強は見てやりたいし......。あ、そうだっ、いいことを思いついた!お母さん、いったい何をするつもりでしょう?なんとお母さん、子ども部屋にちゃぶ台を持ち込み、子どもたちがこの部屋にいるときは、自分もちゃぶ台の前に座り込み、裁縫や読書をしたり、ときどき、勉強のはかどり具合を観察するようになったのです。最初のころは、「お母さん、勉強の邪魔!」と文句を言っていたBくんですが、一週間もすると、すぐうしろにお母さんがいる状態が日常になり、それどころか、宿題のわからないところなどもお母さんに気軽に聞けるので、むしろ、気が楽になったのです。そうそう、妹さんも一時お母さんに奪われかかっていた席を取り戻し、ほっとしていました。 「せっかく新しいマンションに住むんだから、あまりセコイものは置きたくない」そう思っていたが、経済状況はひっ迫していた。このままだと今後の生活費が足りなくなる。でも収納は欲しい。仕事の資料などで、早くも本棚やクローゼットはいっぱいになりはじめていたのだ。「冷蔵庫と食器棚の間のスペースがもったいないなあ。乾物買き場にならないかなあ」キッチンでもそんなふうに考え、思い切って棚を手作りすることにした。まず、ホームセンターに行って、すのこ板を探す。2枚で480円のすのこ板を4組買い、途中途中に入れる板用にと、測っておいた大きさにカットしてもらい、ねじで留めた。掃除するとき便利なようにと、ローラーの足を付けて移動できるようにするのもポイントだ。リビングの収納棚には、すのこ板を5枚組み合わせて作った。すのこ板だけだと少々みすぼらしいと考え、1メートル390円の布を3メートル買い、ミシンを使って目隠しをそれぞれに付けてみる。布が余ったので、お風呂や台所の目隠し、エプロンもまとめて作った。遊びに来た友だちが浴室の目隠しを気に入って、エプロンを母が気に入ったので、それぞれあげてしまい、またそれぞれを作り、ちょうど生地は使い切った。ほかにも、浴室の小物入れを100円ショップで買おうかどうか迷った末にやめ、ペットボトルで作ってみることにした。-ペットボトルを切って、化粧品入れをいくつか作り、プリンカップにピンや髪の毛をしばるゴムなどを入れる。箸置きやお香立てはオーブン粘土で手作りし、サイドテーブルは、600円くらいのテーブルを買ってきてタイルを貼ってかわいくした。 コンビニの店長になったものの、一生続けていける仕事とは考えていなかった。「わたしに何ができるのか?年をとったら働くところはあるのだろうか?」将来の自分を考えてみた。きっと住宅ローンや老後もあるから、限界が来るまで働かなければならないだろう。「それなら、手に職を付けるのがいちばん」そう考えたわたしは、資格を取ることにした。まずは、手はじめとして「調理師免許」。カラオケ屋はつぶれても、本体の会社は大丈夫だったので、前の会社に調理業務をしていたという証明書を発行してもらい、受験。本を一晩読んだくらいで、苦もなく合格できた。次に、本命である「ファイナンシャルプランナー」の資格を狙う。ファイナンシャルプランナーとは、結婚や住宅購入、老後など、お金がたくさん必要となるときのために、どう貯蓄をしていけばよいかをアドバイスする仕事。簡単に言えば、お金のアドバイザーといったところである。「お金を効率よく貯める方法を専門的に学んでみたい」日々の節約だけではもの足りなく感じていたわたしは、そんなふうに考えるようになっていたのだった。早速、資格取得の方法を調べてみると、独学では受験できないとあった。指定の講座を修了しないと試験すら受けられないのだ。しかも、講習料が20万円かかるらしい。「せっかく貯めたお金がなくなっちゃう......」資格を取りたいと思ったものの、20万円という金額にためらっていた。そのとき、頭にひらめいたことがある。「雇用保険に入っているから、教育訓練給付制度を利用できるはずだ」教育訓練給付制度とは、講座を受けるために支払ったお金の3パーセントが戻ってくるというもの。たとえば、わたしが受けようと思っている講座なら、実質4万円くらいで講座を受けられることになる。調べてみると、雇用保険に通算5年以上加入していないと受けられないらしく、あと数カ月足りなかった。そこで、もうしばらく待ち、ようやく教育訓練給付制度が使えるようになったところで、ファイナンシャルプランナーの学校に行くことにした。毎週土曜日に丸一日授業があるのだが、意地でも休まず出席した。それと平行して、金曜日の夜の「宅建(宅地建物取扱主任者)」の講座にも通うことにした。宅建の講座は、コンビニのオーナーが通っていて、市が開催しているということで、当然授業料も安かったからだ。「こうなったら、何でもやってしまえ!」そんな勢いで勉強をはじめた。金曜日の夜は宅建、土曜日は朝から夕方までファイナンシャルプランナーの授業。土曜日は、唯一の休日なのに丸一日つぶれてしまうのだが、まったく気にならなかった。ファイナンシャルプランナーの授業は3カ月間あり、基礎から金融関係のこと、不動産関係のこと、リスクと保険のこと、相続のことなど、幅広く勉強していった。そして最大の難所は、学んだことを駆使して、提案書を書くことだ。いろいろなプランを立てて、それを表にしたり効果を予想したりと、1冊の本みたいなものを作らなければいけない。考えただけでも頭が痛くなった。 最初のうちは狭いながらも、住みよい我が家だったはずの小さなアパート。月日が流れるうちに、ただの狭い箱だと思うようになっていった。2、3カ月もすると、買いすぎた物ですでに部屋はあふれてしまっていたのだ。「何ていい物件だろう」物件を決めたときは、確かにそう信じていた。安すぎて、いわく付き物件なのかもしれないと疑ったほどである。しかし、住んでみると安い理由が少しずつわかってきた。その部屋は虫の家だった。ゴキブリは当たり前のようにバスルームや玄関、部屋から出てくる。たぶん、どこか入り込めるような隙間があったのであろう。「ギャー!」ゴキブリを見かけては、騒いだり泣いたりした。でも、ここの住人はわたし一人。だれも助けてくれない。殺すのはわたししかいないので、勇気を出してゴキブリと闘った。しかし、もっと頭を悩ませていた虫がいる。夏は暑いので、硬くて冷たい床でよく昼寝をしていた。ある日、いつものように昼寝をしていると、何だか足がかゆい。「蚊にでも刺されたのかな?」確かに蚊もよく入り込んでいたので、しばらく気にしないでいたのだが、だんだんかゆみが増してくる。蚊とは明らかに違うかゆみで、痛がゆいのだ。「何だろう?」よく見ると、小さな黒い物があちこちで蠢いている。列をなしているものもある。蟻に喰われていたのだった。「ギャア~」跳び上がって、足を這う蟻を払った。蟻たちは、部屋の扉の下のほうに小さな穴を開けて、次々と部屋に入り込み、一列はわ_たしに向かって、もう一列は台所へと進んでいた。今でも、あの蟻を思い出すだけでかゆくなってくるくらいだ。それから、アパートの住人にも悩まされていた。まず、わたしの部屋の真上に住む人。男性だったらしく、足音が異常にうるさい。「ドスンドスン」深夜でも構わず、大きな足音がしてくる。ちょうどわたしはロフトに布団を敷いて寝ていたため、上の階の足音が直接響く。眠る寸前に大きな音が聞こえると、「ビクッ」ときて心臓まで痛くなるのだ。あまりに不快だったから、不動産屋に相談してみることにした。「上に住んでいる人がうるさくて困るので、注意してください」こう言ってみたが、不動産屋は「わかりました」と言ったきり、とくに何をするでもなかった。たまりかねて、天井の壁をロフトから蹴り上げたり、「うるさい!」と大声で怒鳴ってみたりする。あまりのうるささに、真夜中に泣きたくなることもしょっちゅうだった。向かいに住むアパートの住人にも、悩まされていた。子どもが4人いる家族で、まず子ども同士でけんかがはじまる。 さて、山本忍さんに話を戻すことにする。近山さんのアドバイスはこうだった。「なんとか、よい手段を考えるから、入居する方向で考えなさい」忍さんはうれしかった。職住近接であること、それにも増して、母親の面倒をかせられることが、なににも代えがたかった。シニアハウスの同じ建物内に診療所やデイサービスセンター遊・友・悠があることも大きな魅力だ。近山さんのアドバイスで決心がついたものの、人見知りする母親のことが気にかかっていた。ひとりでいることが心地よいという世間ずれしていない母親が、みんなとどの程度なじめるか不安があった。最初は、しばらく様子をみるために、自分のマンションからデイサービスセンターに通うことにした。出勤時に預け、帰宅時に迎えにいく毎日が続いたが、やはり予測は的中し、母親がデイサービスセンターに行きたくないとぐずりだした。忍さんが「お母さんが行きたくないなら心配だから、今日は会社を休むわ、仕方ないけど」というと、高子さんは「私ひとりで留守番しているから会社へ行っといで」という。でも、母をひとり残して出勤できるはずがない。しかたなく、会社を休んだりする日がしばらく続いていた。会社を休めば仕事ができないし、経営が成り立っていかない。忍さんは行きづまってしまった。そして、慣れない家事、母親の入浴、夜中のトイレ等々で、身体的に疲れ、それ以上に心が疲れはて、泣きだしたくなることもしばしばだった。・マンションの買い手がつかないまま、こんな状態が続いていたが、ほんとうに運よく買い手がつき、シニアマンション新町に引っ越すことができた。ここへ移ってからは、朝一〇時に一階のデイサービスセンターに母親を預けたあと、歩いて会社へ出勤という日課が始まった。高子さんも以前のように拒否反応を示さなくなった。そして、残業やなにかの会合がない限り、夜は午後七時前後に母親とともに自分の部屋に帰る平和な生活がいまも続いている。忍さんは、「私も母が倒れて以来、よほどの接待とか会合以外、お酒を飲まなくなり、優等生のような毎日を送っています。 母シツエさんの日課は規則正しく、まだ講演をしに行かれたり、聴講にも出かけられ る意欲的なものだ。先日も、「100年生きた重み」と題して、タキさん、草柳大蔵さ んと二時間も話をされたが、少しもお疲れになった様子がなく、まだ話し足りない風情 でいられるのには、私も感動して、この健康がいつまでも続きますようにと願わずには いられなかった。月曜日から土曜日までの日中は三人の助手さんがシフトを組んで通いで世話をなさっ ているが、下着やストッキングは自分で洗われるなど、ほとんど自分のことは自分でし ておられるという。日曜日は自分ひとりの生活を好きなように過ごしておられ、掃除は 週二日、頼んでしてもらっているという。読書、テレビを楽しまれ、おもしろいところ とか意見をいいたい部分は書きとめて、あとで意見なさっているという。 タキさんは、「母はまだ自立したひとりの生活ができるので、あまりうるさく過分には手を出さないで、遠まきで気くばりをしたりしているのよ」という。その代わり、住まいのすみずみには配慮が行きとどいている。寝室はベッドで、低く してあり、寝起きがしやすく、着たり、脱いだりしやすいようにと工夫してある。クローゼットは身障者用の機器を活用し、レバーをひっぱると、洋服が下りてくるな どの便宜性が施してある。 ・サニタリーのタオルかけのパイプは温熱式になっているのでいつもあたたかく、乾燥 したタオルが使える。ハンドル代わりにつかまってもあたたかいというのも利点だ。このように、細部に工夫が見られるが、住まいの設備はなるべく複雑にしないで、使 いやすいもの、従来から使いなれているものを基本にし、住み替えによる大きな変化を 極力避けたとタキさんはいう。介護を必要とする寝たきりの高齢者ならば、まだ住み替えは楽だが、九七歳で、自分 で自分のことをきちんとやっている母シヅエさんにとっては大変化。しかし、持ち前の 好奇心と探究心で新しい住まいをすっかり自分のものに住みこなされたようだ。 この生きる情熱とロマン、一日、一日生きる感動を見つめていくシヅエさんの生き方、暮らし方、考え方を私たち後輩は学びとりたいものだと痛感している。 シツエさんにしてこのタキさんがあり、タキさんのシツエさんをケアする、ほどよい 態度にも私は学びとりたい知恵と深い愛をずっしりと感じている。 ●ヒント4
S生活ーシンプルに、スリムにセンスよく生活するために五〇歳からの生き方は心身ともに複雑にしないこと。なるべく、心と体とモノの所有も生き方も、シンプルにする。と同時に、スリムにする。生活をスリムにすると、すっきり、広く、動きやすくなる。ついでに考え方もスリムにすると見通しがよくなり、ものごとがスムーズに運んでいくわけだ。体もスリムなほうが身軽で動きやすい。そして、センスを磨くことが大切。限られた空間を生かすためにも3Sの生き方、3Sの暮らし方が大切。そして、おしゃれで美しく生活することが欠かせない。・ヒント5資金計画|住み替え、リフォームの資金づくりは退職後の生活費を考えて大体、五〇代の住み替え、リフォームは、資金計画が三〇代、四〇代にできていないとなかなかむずかしいものがある。しかし、五〇代ならまだなんとかなるだろう。その際、まず返せることを基本に借りることが大切。次に、低利な資金の組みあわせが原則。民間資金に頼らずに公的資金をうまく組みあわせて利用できれば最高だ。まず、公庫融資を軸にして考えるのが第一の方法だ。その上で、サラリーマンなら年金融資、財形貯蓄をしている人なら財形融資の組みあわせがある。また、勤務している。会社で低利な融資があれば、それを一番先に考えて計画すること。そのほか、地方自治体融資も、自治体によってさまざまなので調べること。五〇代ではこれら融資機関が利用できないこともあるので、借入金の減額や、購入価格の見直し、所持している土地、家屋、貯蓄などとも照らしあわせることだ。返金も定年までとするか、場合によっては子供の代に継続し、二代返済方式をとることも考えられる。しかし、その場合は相続や譲渡、名義など、子供ときちんとした話しあいがないといけない。「退職金で返済処理をするケースも多いが、すべからく、あらゆる情報を入手し、相談できる機関を調べ、研究することを勧めたい。

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