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不動産を買うより業者を買え

2020年3月12日「木曜日」更新の日記

2020-03-12の日記のIMAGE
不動産業者選びの一〇ポイント
<ポイント1>
免許の有無を調べる不動産業者というのは俗称で、正確には宅地建物取引業者といいます。そして、業者の業務を規制し、取引きが公正に行なわれ、一般消費者の損害を未然に防止し、その利益を保護するために、宅地建物取引業法(いわゆる宅建業法)が制定されているのです。宅建業法では、業者は免許を受けないと営業することができないことになっています。免許を受けずに宅地・建物のあっせんなどの取引きをする者を無免許業者またはモグリ業者といい、悪事を働く大部分はこのモグリ業者です。免許を受けている業者は、自分の事務所の見やすい場所に、必ず宅地建物取引業者票を掲示していますので、これがあるかどうか確認しておきましょう。この業者票には、知事免許か建設大臣免許か、免許番号、免許期間、代表者、事務所の所在地、専任の取引主任者等が書き込まれています。業者選びの最重要点は、免許をうけているかどうかです。無免許業者には絶対にかからわないようにしなければなりません。
<ポイント2>
大臣免許にだまされない免許には建設大臣免許と知事免許とがありますが、これは業者の資本金や営業実績によって決めているのではありません。一つの都道府県内だけに事務所を置く業者は知事免許を受け、二つ以上の都道府県に事務所をもつ場合は建設大臣の免許を受けるのです。ですから、必ずしも建設大臣免許を受けた業者のほうが優秀で安心できるというものではありません。悪徳業者の中には建設大臣免許を受けて、いかにも信用があるかのように見せかけているものもあります。<ポイント3>免許番号を調べる4~5頁で広告を例示して説明しましたが、知事免許でも建設大臣免許でも、免許の有効期間は三年です。期間が満了すると、更新の免許を受けることになります。免許番号は、〇〇県知事(1)第×××号、または建設大臣(1)第×××号となっており、()内の数字は免許の更新回数を示しています。たとえば、(1)なら免許を受けて三年未満であることを示し、(5)なら四回更新して一二年以上、営業を継続していることになるわけです。したがって、()内の数字が多い業者はそれだけ業歴も長く、まず安心度が高いといってよいでしょ わたしの住んでいたアパートは冷蔵庫も洗濯機もエアコンも備え付けだったため、マンションに引っ越すにあたって、それらを買わなければいけない。「どこがいちばんお得な買い物をできるかな?」少し前から、新聞にはさまれてくるチラシをチェックするようになっていた。都内に出かけたときは、大型安売り電器店をのぞいて、だいたいの価格を調べる。結局、あまり値段に差がなかったため、地元の大きな安売り電器店で買うことにする。洗濯機と冷蔵庫を買い、2つで10万円ちょっとかかってしまったが、配送料は無料にしてもらうことができた。リサイクルショップで買うという手もあるが、中古の電化製品は壊れやすいそうだ。それに、消費電力は新しいほうが少なくてすむので、そのあたりも考えた結果だった。カーテンは悩んだ。実は、マンションの内覧会のときに、インテリア会社の人が来ていて、「入居前までにオーダーカーテンを作ります」と言っていたので、帰りに寄ってみたことがあった。しかし、リビングの窓分だけでも、いちばん安いもので5万円もかかると言う。遮光カーテンではない、ふつうの薄っぺらな生地のカーテンだけの金額で、レースのカーテンは別で、である。「えっ、何?こんなダサダサカーテンが5万なの?」そう思いながら見ていると、インテリア会社の人が、「オーダーカーテンですから」と自慢げに言ってくる。「母と相談して......」と言いながら、逃げるように帰ってきた。「そういえば、よく行く手芸店でオーダーのカーテンってやってなかったっけ?今度の休みに行ってみよう」と、とりあえずすべての窓のサイズを測っておいた。そして休みの日、手芸店に行ってみると、オーダーカーテンが仕立て無料と書いてあるではないか。何てラッキーなんだろう。「いや、待てよ。生地が高いんじゃ?」そう思って、生地をいくつか見てみると、それほどでもなさそうだった。早速気に入った生地を選び、相談カウンターへ持って行くと、店員さんが丁寧に計算してくれる。結局、リビングとほかの部屋の窓全部で、それぞれ遮光カーテンと、レースのカーテンも含めて何と5万円ちょっとだった。 「結局は自覚の問題なのだ」そう気づいた。さらに、今まで何にも考えることなく流してしまっていた米のとぎ汁も再利用できないかと考えるようになり、いろいろ情報を集めたら、非常に便利な水だとわかった。「そのまま排水溝に流してしまうのはもったいない」そう思って、米をといだ水をバケツにためておく。そのまま家庭菜園にあげると、肥料いらずの栄養満点の水となる。米のとぎ汁で固くしぼった雑巾で床をふくと、とぎ汁がワックス代わりになってくれる。「あっ、床がピカピカ!」昼をふいてもいいらしい。ざらざら感が取れ、とても気持ちがいいそうだ。しかも、米のとぎ汁だから、安心して使える。市販のワックスを批判するつもりはないが、やはり化学薬品を塗った上ではゴロゴロ寝転がることはできない。しかも、とぎ汁なら無料である。「食器洗いにも使うことができるかもしれない」そう思って、食器を洗ってみたら、きれいに汚れが落ちるではないか。油っこいものはどうかと、カレー鍋で試してみることにした。米のとぎ汁をカレーの付いた鍋いっぱいに入れてスポンジで洗うと、きれいに油汚れが落ちる。今まで何度も何度も洗剤を付けて洗っていたのがうそのようだった。さらに、毎日たまる新聞紙を何とか再利用したいと、主婦雑誌などで情報を集めた。まずは新聞紙を窓ガラスの掃除に使ってみる。新聞紙を湿らせて丸めたもので窓をふき、そのあと乾いた新聞紙でからぶきすると、窓ガラスがピカピカになった。これで、市販のガラスクリーナーは必要ない。油を捨てるときにも新聞紙は欠かせない。牛乳パックに細かくちぎった新聞紙を詰め、その中に使い古した油を入れて捨てるだけ。固めたり吸わせたりする市販の油処理剤を買わなくてもすんでしまう。牛乳パック自体にも、水分を出さない性質があるので、油がもれ出す心配はなかった。また、新聞紙は湿気を吸い取る役目も果たすので、お客様用の布団に入れておいた。布団が湿らなくてよい。これで、日用品にかけるお金も、ずっと安くすむようになった。 昔と比べて、住宅においてすごい違いがあるのは「廊下」という存在ではないだろうか。廊下の形や大きさが変わったというより、存在そのものが昨今ではあやうくなっている。一戸建ての住宅ならともかく、マンションには廊下がない。玄関を入るとすぐ横に洗面・バス・トイレがあり、その先にはリビングなりキッチンがあるというふうで、たとえ廊下風なものがあっても、それはわずかな「あまり」の部分で、昔のように「ながーい廊下」イコール「雑巾掛け」イコール「しんどい」、という図式はもはや成立しない。いまでは動線の短縮イコール「よい住まい、よい設計」ということになっている。そして地価の高騰が空間の有効利用をさらに促進し、無用の長物的廊下はむろんのこ-と、「床の間」「踏み込み」なども切り捨てられる方向にある。旅に出る。たまたま日本旅館に泊まる。座敷から座敷へと廊下が渡り、また座敷の庭に面した側にも廊下(縁側)があって、湯あがりのほてりを冷ますのに格好な籐椅子があったりする。自分の家の気楽さとは別物だが、心がほっとし、ゆったりとくつろげる。まさにこれが「廊下」の効用なのである。つまり、部屋と部屋が壁一つで隣りあうのではなく、その間に、廊下という流動的なつなぎの空間がはさまることによって、ある種類の息苦しさから解放され、また流動する廊下の空間によってプライバシーが柔らかに保たれる。いわば「空気」が柔軟な壁を構成してプライバシーを保つのである。その上、扉を開けたらすぐ隣りの部屋というのでは心構えをする間もなく突然、気分を変えなくてはならない。廊下を渡っていく間に「次の心の準備」が知らぬ間にでき、というような「自然な心の流れ」はいまの廊下のない家では成立しない。また縁側(部屋に面した廊下)は、部屋のガラス戸を開けたらすぐ外(庭、テラス)というのではなく、部屋の障子の外に縁側があり、その縁側の外にほんとうの外がある、という、空間のインからアウトに至る序列が、内側(座敷)、内的外あるいは外的内(縁側)、そして外(庭)という「自然の流れ」を構成しているのである。しかしこれほど地価が上がってしまっては、面積有効利用から考えれば、廊下をもつことなど無理であろう。が、いま住宅から廊下が失われつつあるからといって、無用の長物だからではない、ということも覚えておきたい。何が有効で、何が無用かということは、時代のあり方によっては変わるわけで、だとしたなら、「自分にとって」という、自分に引きつけたところでの判断しかないのだろう。「床の間」や「廊下・縁側」などは、日本の暮らしの、建築学的側面より、むしろ心のありように結びつくもので、今風にいうなら「自分文化」と密接に関わって存在するものだといえよう。あってもなくてもいい。決めるのはあなた。それが廊下という存在なのだ。【小さなコメント】・廊下も部屋の続きと考えて床暖房が望ましい。・廊下の壁はわが家の画廊。楽しんではほしいが、取りつけ方に注意。地震や災害時に壁からさまざまなものが落下して逃げ遅れたりしやすい。 稲葉さんの三〇代はピンク色に輝いていた。シングルのキャリアウーマンでやり手、三二歳で家を手に入れ、郷里にひとりで住む母親を呼び寄せ、母と娘の楽しい水入らずの生活が始まった。ちょうどこのころから、女性同士がいたわりあって暮らす共同住宅の建設を稲葉さんは計画していた。私もその計画には乗り気で、「シングルで必死に働いてきた女性の老後は楽しいものでなければならない」といつも話しあっていた。その女の館ピーチハウス"の計画は、・配偶者をもたず、生涯シングルで働いて生きてきた女性の共同住宅で、の住みかをめざしていく。・資金は共同出資とし、相続権は同じ志をもつ後輩が共同で継承し、個人資産にはしない。・環境に応じて両親の同居を認め、手をさしのべあって老後を安心して暮らせる運命共同体とする。・共同でなんらかの事業を起こし、経済的安定をはかる。このような骨子で、すでに稲葉さんの郷里に土地を買いとる手はずになっていた。しかし、母親が八〇歳を迎えたころだった。ある日、夕食のおかずに買ってきたしこを生のまま、手づかみで食べているのを見て、凍りつくような衝撃に息をのんだ。それが痴呆の兆候の最初であった。こうして始まった母親の痴呆は一進一退を繰り返し、八六歳で没するまで六年間、仕事と自宅介護の板ばさみの日々が続く。その両立は生やさしいものではなく、鏡を見る暇さえない苛酷な毎日が続いた。いくたびとなく仕事を放棄して介護に徹したいと望んだ。が、生活費はどうなるのか.......。快く受けいれてくれる病院も数少なく、当時の福祉対策は現在より立ち遅れていた。どこに相談すればいいかもわからないまま、母親の痴呆は進行し、失禁や食欲不振、夜中に何回となく呼び起こされる状態が続いた。稲葉さんは眠る暇もなく、ダウン寸前まで追いこまれていった。老人は食欲がなくなったら、死が近い。という知識もなく、昼食用に置いて出かけた菓子パンは、手もつけられないまま置かれている。これを見て、心の中で稲葉さんは泣いた。ーどちらが先に倒れてもおかしくないギリギリのところまできたとき、以前から頼んでいた病院に空き室ができ、ようやく入院ができた。母親が亡くなるちょうど一ヵ月前、発病から六年目のことである。 いま、曽根さんはひとつの決断を迫られている。母親が生存していたときは二〇〇坪 のうち、一〇〇坪を駐車場にし、残り一〇〇坪を母親と曽根さん夫婦が共有して使ってた。しかし、母親が亡くなり、遺産相続の問題が現実化してきた。他の三人の姉妹た ちが、土地を売却し、その売却金を均等に分けてほしい意向をもらしている。 ・曽根さん夫婦に、土地を売らないままで、それぞれ相当分を支払う余裕があれば問題ないが、そんな余裕はない。いま、住宅部分にしている庭の部分と、母親の住居部分 部 を削りとって土地を売却し、その代金を分配するしかないと、曽根さんは半ば納得し、 半ばあきらめ、姉妹の立場になれば当然のことと、いずれはその方向に考えている。私はこの話を聞いて、この種のことは身内が死ねば必ず起こる問題であるだけに、親 「子、姉妹、兄弟など血縁間のトラブルを避けるためにも、事前になんらかの取り決めを する必要があることを痛感した。私のまわりにも、親の面倒をみたものがソンをする、こうしたケースが多いことを思 わずにはいられない。親とともに住み、長い年月世話をした人が相続の時点で有利に処理されることが望ましく、また相続権をもつ側も、両親の面倒をみた人に対する労働評 価を受けいれる良識をもってほしいと私は思っている。 私は、問題が起きないように、公証人役場で遺言書を書きおくことを勧めたい。 曽根さんはあっさりと姉妹の言い分を受けとめている。仮に、自分が逆の立場であれ ば、自分もそう主張するだろうからと、成熟した大人の判断がそこにはある。 こうしたアレンジでダイニングは快適なホールと化し、キッチンは玄関やホールからは見えないよう吊りドアを特注して仕切った。キッチン内は一人が通れるだけとし、ビルトインの食器棚と小道具入れの棚を何段もつけた物置きスペースがキッチン側にある。これは小道具や食材の収納庫としてどうしてもほしいと私は思っている。ビル構造の場合、柱の出っぱりほど住む側にしてみれば無用の長物はない。しかし柱と柱の空間は使い方ひとつで百面相に変化するアレンジ空間ともいえる。私はこの空間を下駄箱に活用してみた。天井までのビルトインにし、いまではラクラク七〇足が収まっている。それからふとんなどの寝具も一気に追放した。ベッドは先にもいったように、スペースをとるので追放し、改築を契機に私自身の交遊のあり方も見直した。これまではわが家をホテル代わりに使ってもらっていたが、今後は宿泊客は一人だけにし、必要に応じてホテルを利用する接待に切りかえた。その結果、客用は一組の寝具(敷ふとん一枚、かけぶとん一枚、毛布一枚、夏のタオルケット一枚のみ)とし、自分用もうすい敷ぶとん(健康のため)一枚と冬は羽根かけぶとん、夏はタオルケット一枚、中間の季節に毛布一枚といった簡素なものにした。ふとんは折りたたみ、片づけ自由、上げ下ろしは運動にもなり、足腰の鍛練にこれほど適したものはない。電気毛布などは一切追放、そのかわり冷暖房両用のガスエアコンをつけ、快適性、住みやすさを心がけた。こうしてたっぷり一間使っていた押し入れの半分は空間となり、そのスペースが生き返った。私は毎日の生活空間をもっと活用するために、あると便利だけどいつ使うかわからないもの、年一~二回しか使わないものは切り捨てていく、捨てる美学をもちたいと思っている。

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