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起こるべくして起こつたバブルの崩壊

2017年3月27日「月曜日」更新の日記

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バブルがはじけて一〇年以上が過ぎました。今にして思えば"昭和の鬼平"こと三重野日本銀行総裁(一九八九~九四年)が登場してバブル潰しに躍起になり、公定歩合(日銀の貸出金に適用される基準金利)を意地になって下げずに、その後もしばらく維持したために、みごとバブル潰しは大成功をおさめたのでした。そのときを境に日本経済も一気に縮小へと向かっていったのです。そして、"日本潰し"も大成功を収めました。土地取引の総量規制がとどめのひと刺しになったのはいうまでもありません。結局一九九〇~九一年を境に、あたかもジェットコースターが下り坂を猛スピードで滑り落ちるようにすべての金融資産が、そして私たち国民の財産が急激にその価値を失っていきました。そして、その先に待っていたのが今の日本の姿、いわゆる平成不況です。時代の流れを見極めない、その場しのぎの自己保身の政策がもたらした結果といえるでしょう。私はこのときこそが「日本の終わりのはじまり」だったと思っています。そしてつねづね言い続けてきたことが一二〇%あたりました。つまり、経済大国としての日本の終焉のはじまりであり、平成恐慌元年だったと思っています。突き詰めればその原因は、バブルに乗って浮かれて踊った国民一人ひとりにあったと思います。しかし、最後に導火線に火をつけ、そして引導を渡したのは、日本経済とりわけ金融の中枢に位置する日本銀行だったことは明らかです。その結果が、この体たらくです。ただし、ことの成り行きを見ていれば、こうなることは私ならずとも予測できたことでした。実際、私はバブルが崩壊した直後からことあるごとに、周囲の人たちにはいずれ今のような時代がくることを発言・予言していました。それは占い師や祈と?師が世間の受け狙いで恐慌をかき立てたり、バブルの波に乗り損なった人が抱く妬みのような感情で他人を引きずり下ろすために意図的に否定的、悲観的なことをいうのとは違い、ことの流れと本質、そして人間の社会性をもっている動物であるという、損することはしないという行動パターンを考えれば、容易に予測しえたことだったのです。しかし、今になってそんなことをいっていてもしかたありません。いずれにしろこうなってしまったからには、もう後戻りはできないのです。ましてや私のような経済学者でも政治家でもない人間が、いくら大声で叫んでもどうなるものでもありません。Iただ、ここでみなさんにわかっていただきたいのは、私のような考え方もあるのだということです。私自身もバブル崩壊で被害を被った人間の一人です。でも、そこで私はくじけませんでした。そして、くじけるどころか、そのときの失敗を糧に不況の真っ只中、あえて不動産投資の世界に身を投じることで再び資産づくりに励んでいます。人によっては「今さらな何を……」というかもしれません。しかし、こうした時代だからこそ。逆転の発想"が必要なのではないでしょうか。そんな私の考え方が、みなさんのこれから生き方に少しでも役立てば私はそう思っています。日本システムの崩壊一九九〇年にバブルは崩壊しました。その影響が実際に出はじめるのは九一年に入ってからです。

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