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東京に変わった後の都市

2017年7月24日「月曜日」更新の日記

2017-07-24の日記のIMAGE
従来の酒場や娼家、劇場や見せ物小屋に加わった新しい都会の拠点として今日まで続いているのは承知の通り。パリ風と名付けられる流行を生む母体としてのパリらしい施設であった。   その習慣はパリから世界に流れていって、アラブから東洋までのあらゆる都市のカフェ文化を生んだし、パリではカフェが革命を生み、市民社会を築きもした。もちろん、カフェ以外のレストラン、劇場、オペレッタ、シャンソン、ファッション、遊蕩宿、キャバレ、アパルトマン、ロンポワン、並木道などなど、パリはフランスという文明とその都市が持つ魅力のすべてをそろえ円熟させた存在である。そして今、それらの古い施設の上に重ねられるようにグラン・プロジェと呼ばれる新しい企画と施設が完成し、パリはいつまでも世界の都市の代表としての位置から動かない。  そして江戸。1590年の徳川家康の江戸入りによって始まった都市作りは、それから300年の間に着実にその世界最大都市としての成熟を続けた。秩父から続く丘陵の先端の山の手には大名屋敷、そのすそや海に続く埋立地の下町の商家と住居群。それから生み出された江戸歌舞伎芝居、浮世絵、美人画、三社祭り、銀座の商店街、日本橋の問屋街、吉原、新橋、品川の遊興地、浅草の賑わい、江戸前の寿司、天ぷら、初鰹、そば、鳶に木や りにちゃりんこまで。そのほとんどは今東京のいたるところにそのまま残っていて、東京に変わった後の都市の魅力の深さを増している。"

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