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工業都市人としての生活

2017年7月1日「土曜日」更新の日記

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敷地面積が三百平方メートル、100坪を切ったら、それでは良い戸建ての郊外住宅はできないといわれている。その広さでは、もはやタウンハウスになってしまう(タウンハウスというのは、時々郊外に建っている、2階建てなどの何軒かの家が連続して建っている家のタイプ)。つまりアメリカでは、1軒分で300平方メートルを切ったらもうくっつけて建ててしまう。つまり自然の中に住むのではなくて、一緒に住むという利 便性を主とする都市型の家だと判断してしまうのだ。  ところが日本では、50坪でもあるいは30坪でも、一戸建てとして、まだ真ん中に家を建て、周囲に猫の額のような庭を持った家の作り方をしようとする。農耕民族そのものの発想である。  もちろん、アメリカは日本の25倍の国土を持っているという広さの問題も否定は出来ない。けれど、広さの問題ではなくて、これは明らかに意識の問題。工業化社会になって、町に住んで工業都市人としての生活を送るべき状況になっても、日本人はまだ農民の意識を引きずっていて、農家のような家に住みたがっていて、実際には仕事の上で都会に縛られているだけの話。  ところが、人がどんどん都会に集まってきて、都会に近い郊外から一杯になってくるから、次第にその外側に広がっていって、今や関東一円というよりは、太平洋ベルト地帯は東京から九州まで、家がタラタラと繋がってしまう状態になってしまった。新幹線の窓から見ていると、どうしてこんなにたくさん家があるのかと思うくらい、車窓の景色は住宅で占められてしまっている。

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